事業家集団・リクルートの実践例:ホットペッパーに学ぶマーケティング入門

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事業家集団・リクルートの実践例:ホットペッパーに学ぶマーケティング入門


1. はじめに:ホットペッパーとは何か

ホットペッパーは、株式会社リクルートが2000年に創刊した無料クーポンマガジンです。当時としては画期的だった「無料配布」と「クーポン付き」という形式で、飲食店と消費者をつなぐ新しい情報媒体として誕生しました。2007年にはヘアサロンやエステサロンなどの美容分野に本格参入し、ホットペッパービューティーとしてサービスを拡大しました。2023年に紙媒体は休刊となりましたが、23年間の歴史の中で、日本の生活情報誌のあり方を根本から変革した存在です。

現在では、ホットペッパーグルメとホットペッパービューティーという2つのデジタルプラットフォームが主力事業となっており、特にホットペッパービューティーは会員数3,000万人超、年間予約数1億件以上、掲載サロン10万件を超える国内最大級の美容予約サイトとして確固たる地位を築いています。この成功の背景には、時代の変化を的確に捉えた柔軟な戦略転換と、徹底した顧客視点のマーケティングがありました。


2. 創業期(2000〜2007年):紙で勝負した逆転の発想

ホットペッパーが誕生した2000年は、インターネットの急速な普及により、多くの情報が無料でオンライン化されていた時代でした。こうした流れの中で、リクルートがあえて選択したのは「紙媒体」という戦略です。この一見時代に逆行するような決断には、明確なビジネスモデルがありました。

当時、インターネット上での広告掲載料は無料化が進み、収益確保が難しくなりつつありました。しかし紙媒体への広告掲載には、クライアント企業が高い金額を支払う傾向があることに着目しました。まずは紙媒体で十分な収益を確保し、ブランディングを行い、利用者や広告主を獲得した上で、将来的にインターネットサービスへ移行するという段階的な戦略が描かれていたのです。

ホットペッパーは新潟、長岡、高松の3つの地域からスタートし、地域密着型の情報誌として展開しました。特徴はエリアの細分化にありました。東京都内では渋谷、新宿、銀座など、繁華街単位で細かくエリアを設定し、それぞれの地域に特化した情報を提供しました。この戦略により、地域の飲食店は近隣の顧客に効率よくリーチでき、消費者も身近な情報を得られるという win-win の関係が構築されました。

さらに、クーポンという武器が飲食店の集客課題を解決する強力なツールとなりました。2004年時点で、ホットペッパーに掲載した飲食店は月間平均233人の集客効果を得ていたというデータもあります。この具体的な成果が口コミで広まり、掲載店舗数は急速に拡大しました。

そして2007年、ホットペッパーは美容分野という新たな市場に参入します。街中に増えていくヘアサロンやエステサロン、ネイルサロンに対し、サロンは新規顧客獲得に苦戦し、利用者もサロン探しに困難を感じていました。この双方の課題を解決するプラットフォームとしてホットペッパービューティーが誕生したのです。ターゲットは20〜34歳のF1層を中心とした働く女性。美容への関心が高く投資意欲もある層にフォーカスした戦略が功を奏しました。

この時期の成長は目覚ましく、創刊から7年で売上500億円を達成。全国100版という大規模展開を実現し、社内公募による人材戦略で各地に優秀な人材を配置したことも、成長を支える要因となりました。


3. ブランディング戦略:記憶に残るCM展開の軌跡

ホットペッパーの名を全国的に知らしめたのが、独創的なCM展開でした。2002年に放映が開始された「アフレコCM」は、映画のような高品質の映像に、まったく関係のない関西弁のアテレコを重ねるという斬新な手法で視聴者の注目を集めました。

このCMを企画し、自らアテレコも担当したのが、電通関西支社のクリエイティブディレクター・山崎隆明氏です。プロのナレーションがあふれるCM業界において、あえて異物感を出すことで視聴者を振り向かせる戦略でした。洋画風の緊迫した映像に「ケチャップついてるやん」「食べましたっ!」といった関西弁の脱力セリフが乗る意外性は、多くの視聴者の記憶に残りました。

2002年から2007年までに39作品が制作され、ACC殿堂入り作品にも選ばれ、広告業界からも高く評価されました。

2006年からはSMAPを起用したCM展開も始まりました。メンバーが少年時代の映像やライブ映像にアフレコする形式で、「するめまんじゅう」というバンド名で登場する演出が話題を呼びました。国民的アイドルとのコラボにより、ホットペッパーの認知度はさらに向上しました。

2009年には木村カエラが歌う『ホットペッパーの唄』がCMソングとして登場し、着うたランキング1位、50万ダウンロード突破というヒットを記録。音楽とCMの相乗効果でブランドは若年層を中心に深く浸透していきました。

これらのCMに共通するのは、「記憶に残ること」への強いこだわりです。機能説明よりも感情に訴え、思わず笑ってしまう体験を提供することで、ブランド好感度を高める戦略が一貫して取られていました。


4. デジタル時代への適応とプラットフォーム戦略(2010年〜)

紙媒体で確固たるブランドを築いたホットペッパーは、2000年代後半からデジタルシフトを本格化させました。2005年にWebサービスを開始し、フリーペーパー発行部数106万部から、Web上で500万ユーザーへとリーチを拡大しました。携帯サイトも展開し、紙+PC+ケータイのマルチチャネル戦略を推進しました。

2010年にはスマートフォンアプリを開始し、利用者は24時間いつでもどこからでもサロンを検索・予約できるようになりました。ヘアスタイルの写真を事前に送れるなどの機能追加もあり、利便性は大きく向上しました。

この時期、ホットペッパーグルメとホットペッパービューティーはそれぞれ飲食・美容の予約サイトとしての地位を確立していきました。

特にホットペッパービューティーは、美容系キーワードでのSEO戦略が成功し、検索結果を独占。年間予約数は1億件を突破し、国内最大級の成長を遂げました。

ここで、デジタル戦略を語る上で参考になる関連テーマとして、本サイトの過去記事

世界の企業と共に挑戦するソフトバンク孫正義氏が作る起業家集団

も非常に示唆に富んでいます。

さらに、サロン向け支援の強化という文脈では、

事業家を育む企業文化と環境を持つリクルート

の記事も、“サポートしながら成長を促すエコシステム”という点でホットペッパーの思想と通じるものがあります。

2012年には「SALON BOARD(サロンボード)」をリリースし、予約管理・顧客管理・リピート促進を一元化。

2014年には「ホットペッパービューティーアカデミー」を設立し、調査研究やセミナーを通じてサロン経営を支援しました。

そして2023年、紙媒体は休刊を決断し、Webとアプリに経営資源を集中させる戦略に進みました。これは時代の変化に合わせた明確な判断でした。


5. ホットペッパーから学べる5つのマーケティング施策

ホットペッパーの23年間の歩みからは、現代マーケティングに活かせる多くの学びがあります。

施策①:未成熟市場への先行参入 × ターゲットの再定義

ホットペッパービューティーが最初に狙ったのは、「F1層(20〜34歳女性)× 美容 × Web予約」 という、当時ほぼ競合がいなかった市場でした。

サロン予約の大半が電話で、
 ・予約変更が面倒
 ・比較検討が難しい
 ・空き枠が見えない

という不便さが残っている時期に、“Webで完結できる世界”を先に作ったことが、圧倒的なポジション獲得につながりました。

メルカリが成功した理由も、リクルートと同じ構造です。

当時のCtoC市場は
 ・ヤフオク!中心(オークション型)
 ・出品が難しい
 ・個人間取引は“怖い”というイメージ

という未開拓の課題だらけの市場でした。

そこにメルカリは、「スマホで1分出品」「即売れ」「匿名配送」という新しいカテゴリを作り出し、事実上“フリマアプリ市場の王者”となりました。

ホットペッパーもメルカリも、次の3つが同じです。
 1.既存市場で戦わず、“新カテゴリ”を作った
 2.まず“使いそうな層(F1層やスマホネイティブ)”に絞った
 3.競争が少ないうちに市場を支配した

    市場が成熟する前に入り、「私たちがこのカテゴリの代表です」と名乗り上げる戦略は、日本企業でもっとも成功しやすい構造です。

    施策②:業界インフラそのものを握る“OS化戦略”

    ホットペッパーの真の強みは、予約サイトそのものではありません。

    業界のOS(インフラ)を無料で提供したことです。それが「SALON BOARD(サロンボード)」です。

    サロンの
     ・予約管理
     ・顧客管理
     ・売上管理
     ・レジ
     ・分析

    を一元化し、しかも無料。
    サロンは一度導入すると離れにくく、ホットペッパーは「業界の動脈」を握る存在になりました。

    日本企業の類似事例:freee(フリー)の「スモールビジネスOS化」

    クラウド会計ソフトの freee はこの戦略を日本で最も上手く実践した企業です。
     ・会計
     ・請求書
     ・勤怠
     ・給与計算

    など、スモールビジネスのバックオフィスを“丸ごと”デジタル化し、 「中小企業のOS」 をつくりました。 会計ソフトに依存すると企業は離れにくく、 結果としてfreeeは中小企業領域で圧倒的ポジションを獲得しました。

    ホットペッパーも freee も同じ戦略で伸びました。
     1.メイン商品よりも“周辺の業務”を抑える
     2.無料〜低価格で提供し、依存性(ロックイン)を高める
     3.“なくなると困る存在”になることで競争優位を築く

      これはまさに“OS戦略”。

      ホットペッパーが美容業界のOSなら、freeeは中小企業経営のOSです。


      6. まとめ:現在と未来、そしてマーケティングの本質

      現在、ホットペッパービューティーは会員数3,500万人、年間予約1億件超、掲載サロン15万件以上という圧倒的な市場シェアを誇ります。しかし成功の本質は規模ではなく、時代に合わせた柔軟な戦略転換、顧客とクライアント双方の課題解決へのコミットメント、そしてブランド構築の一貫性と革新性のバランスにあります。

      紙という“古いメディア”から始まりながらも、デジタルという“新領域”へ進化し、アフレコCMという独自のブランディングからデータドリブンのUX改善まで、多様な手法を駆使してきました。しかし一貫していたのは「利用者とサロンをつなぐ」という本質的な価値提供への姿勢です。

      今後はInstagramやTikTokなどのSNSとの共存が求められる中、どのような進化を遂げるかが注目されます。変化を恐れず、顧客の“不”を解消し続ける限り、ホットペッパーは美容業界のリーディングプラットフォームであり続けるでしょう。

      ホットペッパーの23年間の軌跡は、まさにマーケティングの教科書です。時代の変化を読み、大胆に戦略を転換し、常に顧客視点を忘れない。その姿勢こそが、すべてのビジネスが学ぶべきマーケティングの本質だといえます。

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