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これを知らずに開業するな!久兵衛式・お客様に選ばれる店の法則
はじめに
東京・銀座に本店を構える老舗寿司店「久兵衛(きゅうべえ)」。創業は1935年、江戸前寿司を世界的な“高級料理”へと押し上げた立役者として知られています。
寿司という料理だけでなく、接客・空間・会話を含めた“体験”を提供することで、久兵衛は長きにわたり多くの人々に愛され続けてきました。
一見すると、高級寿司店と新規開業を目指す小さな店舗には接点がないように思えます。
しかし、久兵衛が大切にしている「お客様一人ひとりに合わせたおもてなし」「体験を通じた価値提供」という考え方は、飲食・小売・サービス業を問わず、すべての開業者にとって大きな学びになります。
ここでは、久兵衛の接客哲学をヒントに、開業前にぜひ知っておきたい「お客様に選ばれる店づくりの法則」を紹介します。
久兵衛が掲げるコンセプト「寿司を通じた文化体験」
久兵衛の特徴は、寿司を単なる料理ではなく「文化体験」として提供している点にあります。
寿司職人が握る所作、客のペースに合わせた出し方、四季を感じさせる素材の使い方。これらはすべて、寿司を“食べる”行為を超えた「時間を楽しむ体験」に変えています。
また、久兵衛は創業以来の伝統を大切に守りながらも、時代に合わせた創造性を加え続けてきました。
その象徴の一つが「軍艦巻」です。創業者が考案したこの形は、当時は寿司のネタとして扱いにくかったウニやイクラを干し海苔の上にのせることで、美味しさを引き立て、寿司の世界に新しいスタイルを生み出しました。
一流の板前が示す「接客とおもてなしの真髄」

寿司の世界で“一流”といえば、誰もが思い浮かべるのが銀座久兵衛です。
長年続く老舗でありながら「日々、みずみずしく」を信条に、常に挑戦を続けてきたことで知られています。軍艦巻の発明もその一例であり、近年では大卒から板前を採用するなど、従来の常識にとらわれず業界を変えてきました。
久兵衛の採用方針を見ると、同店が何を重視しているかがよくわかります。
板前に求められるのは「美味しい鮨をにぎるための技術」だけではなく、「最高の時間を過ごしていただくためのコミュニケーション力」。一流の職人とは、お客様とまっすぐに向き合い、所作や会話を含めて常に自分を磨き続けられる存在だと定義しています。
さらに驚くのは、久兵衛の従業員数が160名以上にのぼることです。大企業とはいえない規模でありながら、これだけの人材が集まり、長年にわたり高い品質を維持しているのは、強固な文化と仕組みがあるからにほかなりません。
また、当主・今田氏の言葉には、寿司職人の姿勢を象徴するものが数多くあります。
・「寿司職人が寿司を美味しく握るのは当然のこと。それに加えて、職人はエンターテイナーでなければならない」
・「銀座の寿司屋だからと緊張しているお客様も少なくない。リラックスしてこそ寿司の味を楽しめるのだから、職人はムードメーカーであるべきだ」
・「寿司職人は司令塔でなければならない」
これらの言葉は、久兵衛が単に“寿司を提供する場所”ではなく、寿司を媒介にお客様に最高の時間を届ける舞台であることを示しています。そしてその舞台を支えるのは、一流の技術だけでなく、ホスピタリティや場をマネジメントする力にほかなりません。
ある板前はこうも語っています。
「十年続けて、ようやくお客様と真正面から会話ができるようになる。まずは季節の魚の鮮度や味わいについて語り合い、やがて桜の花の咲き具合といった日常の移ろいまで共有できるようになるのです。」
この言葉に象徴されるように、久兵衛の接客は「寿司を握る技術」だけではなく、「旬を共有する会話」「その場の空気を演出する力」まで含まれているのです。
顧客ロイヤリティを高める工夫

久兵衛では、常連客の好みや過去の注文を自然に覚えており、次の来店時にさりげなく提案します。
「前回は白身を好まれていましたね。今日は脂がのった鰆はいかがでしょうか」といった一言は、お客様に“特別感”を与えます。
開業したばかりの店にとっても、顧客の記録や会話を大切にすることは大きな武器です。
「昨年はお母様への花のギフトでしたね。今年は少し雰囲気を変えてお菓子にされますか?」といったやり取りは、お客様に“覚えてもらえている”という喜びを与えます。
こうした小さな積み重ねが「ここで買いたい」という信頼や安心につながり、ロイヤリティを高めていくのです。
競合との差別化視点
寿司店は銀座だけでも数多く存在します。その中で久兵衛が突出した存在となれたのは、寿司そのものの美味しさ以上に「他では体験できない接客スタイル」を確立したからです。
お店を立ち上げるときも、競合との差別化は避けて通れません。
価格だけで勝負すれば、ネット通販や大型チェーンに押されるのは必然です。
だからこそ「体験」や「おもてなし」という切り口で差別化することが重要になります。

こうした仕掛けが「ここで選ぶ理由」を生み出し、競合との差を広げていきます。
数字や実績から見る成果
久兵衛は80年以上続く老舗です。
老舗というのは、味や技術が評価されるのはもちろんですが、それ以上に「長年通い続けたい」と思わせる信頼関係を築いてきた証です。
新規開業においても、リピーターの存在は売上を安定させる大きな力になります。
マーケティングの世界では「新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストの5倍」と言われます。
つまり、一人ひとりの顧客との関係を丁寧に育てることが、長期的にお店を支える成果につながるのです。
久兵衛式・お客様に選ばれる5つの法則
ここからは、久兵衛の哲学を開業者向けに応用した「久兵衛式・お客様に選ばれる5つの法則」を紹介します。

1.体験を売る
商品そのものではなく、「体験」をデザインする。包装、雰囲気、渡す瞬間まで含めて価値を作る。
2.顧客ごとに変わる提案力
相手やシーンを聞き取り、提案を柔軟に変える。状況に寄り添ったアドバイスが信頼を生む。
3.初来店でも安心できる接客
初来店客や初利用客が戸惑わないように、価格帯別の案内や「人気ランキング」を整える。
4.記憶に残る接客
顧客の過去の購入履歴や好みを覚え、次回の会話につなげる。特別扱いは顧客満足を高める。
5.伝統と革新の両立
定番や地域性を守りつつ、SNS映えやオンライン対応など新しい要素を取り入れる。
私の体験談:成功と失敗から学んだこと

久兵衛式の考え方をギフトショップに応用してみて、実際に成果を感じられたこともあれば、思わぬ落とし穴にはまってしまったこともありました。ここでは、港区地域でギフトショップを経営する私自身が体験した成功例と失敗例を紹介します。
成功談
「記憶に残る接客」をテーマに掲げてから、私が最初に取り組んだのは、お客様の“表情の変化”を観察することでした。
笑顔や言葉よりも、その人の目の動きや仕草にこそ「本音」が現れる、そう思うようになってから、接客の質が変わりました。
| ある日、40代くらいの女性がふらっと店に立ち寄られました。 入店時の様子を見ると、どこか迷っているような表情。 私はすぐに声をかけるのではなく、少し距離をとって様子を見守りながら、 ちょうど良いタイミングで「どんな方に贈られるご予定ですか?」と尋ねました。「まだ決めてなくて…」「退職される上司なんです」 その一言をきっかけに、私はいくつか質問を重ねていきました。 「その方は男性ですか?甘いものはお好きそうですか?」 「お酒を飲まれるタイプですか?」すると、お客様の表情が少しずつやわらいでいきました。 最初は「店員と話すのが少し苦手な方」だと感じていましたが、会話の中で笑顔が見える瞬間が増えていったのです。私は、候補の商品を3つ並べて「この3つの中でしたら、どれも“ありがとう”の気持ちが伝わりやすいですよ」と提案しました。 お客様が迷っている様子を見て、あえて一歩引き、「こちらは男女問わず人気ですよ」と一言添える。 そのあとも急かさず、あえて黙って見守りました。数分後、「これにします」と決められた瞬間、お客様の表情が明るくなり、私も思わずほっとしました。 お会計の際に「丁寧に相談に乗ってくれて、気持ちよく贈り物を選べました」と言っていただき、 それだけでも嬉しかったのですが、数日後、その方がGoogleの口コミに同じ言葉を書いてくださっていたのです。 |
さらに、その口コミを見て「この店、対応が丁寧って書かれてたから」と来店してくださる新しいお客様も増えました。
口コミの“数字”ではなく、「誰かが体験した温度感」が次の来店を呼ぶということを、肌で感じた瞬間でした。
この出来事を通して、私は“体験を売る”という言葉の意味を実感しました。
特別な演出や言葉ではなく、「寄り添う姿勢」そのものが体験になるということです。
相手の立場に立ち、焦らず、押しつけず、でもちゃんと見ている、その積み重ねが信頼になるのだと気づきました。
どんなに商品が良くても、接客で生まれる安心感がなければ、心には残らない。
そしてその安心感が、口コミという“お客様からの信頼の証”になり、何よりも私自身の励みになりました。
失敗談

一方で、上手くいかなかったこともあります。
| 「顧客情報をもっと活用しよう」と思い立った私は、リピーターのお客様との会話で、過去の購入履歴を積極的に取り入れるようにしました。ある日、何度か来店してくださっていた年配の女性がご来店。 私は接客を始める前に記録を確認し、「昨年はお孫さんにこの商品でしたよね?」と自信を持って声をかけました。しかし、その方は少し困ったような笑みを浮かべながら、 「いえ、あれは息子に贈ったんですよ」と静かに答えられました。その瞬間、胸の奥が“すっと冷たくなる”感覚がありました。 善意で話しかけたつもりが、正確でない情報で逆に気まずい空気を作ってしまったのです。 お客様の表情からも、「覚えてくれているのは嬉しいけど、ちょっと違うのよ」という複雑な気持ちが伝わってきました。その後は話題を変えて何とか自然な流れに戻しましたが、接客が終わったあと、私はバックヤードでしばらく反省していました。 「情報を覚えていること」が目的になってしまい、「その人の今を感じ取ること」を忘れていた。 “データに頼りすぎる怖さ”を初めて実感した瞬間でした。もう一つの失敗は、お店の雰囲気づくりに関するものです。 当時、私は「高級感を出したい」という思いから、店内のBGMを落ち着いたクラシック調に変え、照明も少し暗めにしました。 久兵衛の“静謐な空気感”を意識して、上品な雰囲気を作りたかったのです。最初の数日は「落ち着いていて素敵」という声もありましたが、週末になると明らかに客足が減りました。 常連のお客様から「ちょっと入りづらくなった」「なんか緊張しちゃって」と言われ、ようやく気づいたのです。自分では“高級感”を演出したつもりでも、地域のファミリー層にとっては「気軽に入れない空気」になっていた。 そのとき初めて、“良い雰囲気”は一方的に作るものではなく、お客様と一緒に作るものだと痛感しました。結局、BGMを元に戻し、照明も明るめに調整。スタッフにも「もっと声をかけやすい空気を意識しよう」と伝えました。 すると不思議なもので、数日後から客数が戻り、笑顔で会話が弾む時間が再び増えたのです。 |
この経験から学んだのは、
他店の成功をそのまま真似しても、自分の店の“お客様”には合わないことがあるということ。
理想を追うよりも、自分の店に来てくださる方々のリアルな感覚を丁寧に観察する方が、結果として信頼を築く近道になると実感しました。
高級感と親しみやすさのバランス、その境界線を見極めることこそ、長く愛される店づくりに欠かせない視点だと思います。
体験から得た教訓リスト

✅成功から学んだこと
・接客は「体験」として評価される
→商品だけでなく、接客や雰囲気そのものが口コミや紹介につながる。
・良い口コミは新規顧客を呼ぶ力を持つ
→一人のお客様の満足が、次のお客様を連れてきてくれる。
❌失敗から学んだこと
・顧客情報は「正確さ」が命
→記録や記憶の曖昧さは信頼を損なう。事前確認の仕組みを作るべき。
・高級感=必ずしも正解ではない
→雰囲気づくりは客層に合っているかを必ず検証すること。
・真似は“本質”を取り入れることが大切
→形式だけを真似ても逆効果。自分の店に合った形に変換して活かす必要がある。
まとめ

銀座久兵衛が示すのは、「商品を売る」ことを超えて「体験を提供する」という発想です。
これからお店を立ち上げる人にとって、この視点を持てるかどうかが成功を左右すると言っても過言ではありません。
・体験をデザインすること
・顧客に合わせて柔軟に提案すること
・初めてでも安心できる仕組みを整えること
・記憶に残る接客で信頼を積み重ねること
・伝統を守りながら革新を続けること
そして、自分の店での実践から「成功談」と「失敗談」を積み重ね、その中から得られる教訓を日々の改善に活かすことが、長く選ばれるお店への道となります。
久兵衛が寿司を“文化体験”へと高めたように、あなたのお店も「商品を超えた特別な体験」を提供できる場所になるはずです。
スタッフ研修用チェックリスト
最後に、研修用のチェックリストを作りました。ぜひご参考にしていただけたらと思います。
| 1.接客の基本姿勢笑顔での挨拶が自然にできているか お客様の表情や雰囲気を読み取り、声かけを変えているか 「今日はどのようなご用途ですか?」と目的を丁寧に聞いているか 商品説明は一方的ではなく、お客様の反応に合わせて調整できているか 最後に「またぜひお待ちしております」と自然に伝えているか 2.雰囲気づくり・場の演出店内BGMや照明が、客層に合った雰囲気になっているか 季節感を感じるディスプレイを工夫しているか 初めてのお客様でも入りやすい空気感を保っているか 緊張させすぎず、リラックスできる空気を作れているか 「体験コーナー(ラッピングや試用)」など滞在を楽しめる工夫があるか 3.顧客情報・コミュニケーション顧客の購入履歴や好みを正確に記録しているか 情報を活用する際に誤りがないか必ず確認しているか 「昨年は◯◯でしたね。今年はこんな選択肢もあります」と会話を広げられているか SNSや口コミでお客様からの声をチェックし、改善に活かしているか 口コミや感想をいただいた際に、きちんと感謝を伝えているか 4.自己成長・プロ意識季節の商品や新商品の特徴を常に学んでいるか 自分の言葉で商品の魅力を説明できるか 接客後に「もっと良くできた点」を振り返っているか スタッフ同士で接客を見合い、フィードバックを出し合っているか 「お客様と会話できる力」は一朝一夕でなく、日々磨き続けている意識があるか |
