伊藤園に学ぶ、日本文化を世界ブランドに変えるマーケティング

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伊藤園に学ぶ、日本文化を世界ブランドに変えるマーケティング

「お~いお茶」のグローバル化に見る価値創造戦略

近年、飲料市場では健康志向の高まりや、無糖飲料へのニーズ拡大が進んでいます。特に海外では、砂糖入り飲料への見直しが進み、「健康的に飲める日常飲料」への関心が高まっています。

その中で注目されているのが、伊藤園の主力ブランド「お~いお茶」です。

伊藤園は長期ビジョンとして「世界のティーカンパニー」を掲げ、日本の緑茶文化を世界に広げながら、人々の健康で豊かな生活に貢献することを目指しています。中期経営計画では、「ユニーク×価値創造×グローバル」を重点戦略に掲げ、「お~いお茶」のグローバル化を成長の柱としています。

本稿では、伊藤園の事例をもとに、これからの時代に求められるマーケティングのあり方について考察します。

1. 商品ではなく「文化」をブランドにしている

伊藤園の強さは、単に緑茶飲料を販売している点にあるのではありません。

同社が提供しているのは、「日本のお茶文化を、世界中の日常に届ける」という価値です。

もともと緑茶は、日本では身近な存在です。しかし海外では、緑茶そのものの認知がまだ十分ではない地域もあります。特に北米市場では、健康志向の高まりによって無糖茶飲料への需要は伸びている一方で、緑茶を日常的に飲む文化はまだ発展途上です。

つまり伊藤園は、既にある市場で商品を売っているだけではなく、まだ十分に定着していない「無糖緑茶を飲む習慣」そのものを広げようとしているのです。

ここに、伊藤園のマーケティングの本質があります。

「お~いお茶」は、単なる飲料ではありません。
日本らしさ、健康、安心感、本格的な味わいを組み合わせた、文化型ブランドなのです。

2. 未開拓市場を見抜いた「市場創造」の視点

伊藤園のマーケティングで特に学ぶべき点は、まだ顕在化していない市場を見抜き、長期的に育ててきたことです。

かつて日本でも、緑茶は「家で急須でいれて飲むもの」という認識が一般的でした。外で緑茶を買うという文化は、今ほど当たり前ではありませんでした。

その中で伊藤園は、缶やペットボトルで飲む緑茶という新しい市場を切り開きました。

これは、単なる商品開発ではありません。
「お茶を外で買って飲む」という新しい消費行動をつくったという意味で、市場そのものを創造したと言えます。

現在の海外展開も、これに近い構造です。

海外では、緑茶はまだ一部の健康志向層や日本文化に関心のある層に限られている面があります。そこで伊藤園は、「無糖で健康的に飲める日本茶」という新しい価値カテゴリーを広げようとしています。

つまり伊藤園は、国内で一度成功した「市場創造型マーケティング」を、今度はグローバル市場で再現しようとしているのです。

3. 大谷翔平選手の起用は、単なる有名人マーケティングではない

伊藤園のグローバル戦略を語る上で欠かせないのが、大谷翔平選手とのグローバルアンバサダー契約です。

2024年4月30日、伊藤園は「お~いお茶」のグローバルアンバサダーとして大谷翔平選手との契約を発表しました。国内外で新聞広告や屋外広告を展開し、ニューヨーク、ロサンゼルス、韓国、台湾などでもプロモーションを行いました。

ここで重要なのは、伊藤園が大谷選手を単なる知名度で選んだわけではないという点です。

大谷選手には、世界で活躍する存在感があります。
同時に、誠実さ、努力、礼儀正しさ、謙虚さといった、日本的な価値観を感じさせる人物でもあります。

一方で「お~いお茶」も、日本文化を象徴する緑茶ブランドです。

つまり、大谷選手と「お~いお茶」には、
「日本発」
「世界で挑戦する」
「本質を大切にする」
という共通点があります。

この親和性があるからこそ、広告が単なる話題づくりで終わらず、ブランドの世界観を伝える役割を果たしているのです。

実際、大谷翔平選手パッケージの販売期間には、「お~いお茶」の中型容器が前年比13.8%増と伸長したことも公表されています。

マーケティングにおいて重要なのは、「誰を起用するか」ではなく、「その人がブランドの価値を体現しているか」です。

伊藤園の大谷選手起用は、その好例だと言えます。

4. グローバルとローカルを両立するブランド戦略

伊藤園の海外展開で特徴的なのは、グローバルで統一したブランド価値を発信しながら、地域ごとのニーズにも対応している点です。

例えば、海外では健康志向の高まりに合わせて、無糖茶飲料としての価値を強く打ち出しています。

また、欧州市場ではプラスチック容器への規制強化などに対応し、紙パック商品「Oi Ocha Unsweetened Matcha Green Tea」を展開するなど、現地の環境やルールに合わせた商品設計も進めています。

これは、「日本で成功したものをそのまま海外に持っていく」戦略ではありません。

大切にしている価値は共通です。しかし、届け方は地域ごとに変える。

この「グローバル×ローカル」のバランスこそ、伊藤園の強さです。

ブランドの軸はぶらさず、現地の生活者に合わせて表現や商品形態を変える。
これにより、「日本のお茶文化」を押し付けるのではなく、現地の日常に自然に入り込むことを目指しているのです。

5. 模倣されにくい強みは「茶葉」からつくられている

伊藤園の競争優位は、広告やプロモーションだけで成り立っているわけではありません。

その裏側には、長年にわたる茶産地育成や品質管理への投資があります。

お茶は、原料である茶葉の品質がブランド価値に直結します。
そのため伊藤園は、茶葉の調達、生産農家との連携、品質管理、技術開発に力を入れてきました。

このような取り組みは、短期間で真似できるものではありません。

ブランドは、表面的なデザインや広告だけでつくられるものではありません。
本当に強いブランドには、裏側に模倣困難なリソースがあります。

「お~いお茶」の場合、それは茶葉へのこだわり、産地との関係性、品質を安定させる技術です。

だからこそ、伊藤園は「安心して本格的なお茶を楽しめる」という価値を提供し続けることができているのです。

6. 「お客様第一主義」とSTILL NOWの考え方

伊藤園の経営理念には「お客様第一主義」があります。

さらに同社は、「今でもなお、お客様は何を不満に思っているか」を考える、「STILL NOW」の精神を大切にしています。

これはマーケティングにおいて非常に重要な考え方です。

多くの企業は、商品が売れると安心してしまいます。
しかし、顧客の不満やニーズは常に変化しています。

昨日まで満足していた商品が、明日も選ばれるとは限りません。

伊藤園は、緑茶飲料のトップブランドでありながら、常に顧客の変化を見ています。

健康志向の高まり。
海外での無糖飲料ニーズ。
環境規制への対応。
若年層や海外顧客への認知拡大。

こうした変化に対して、「まだ満たせていない不満は何か」を考え続けている点に、伊藤園のマーケティングの強さがあります。

7. 営業現場における「顧客起点」への転換

この考え方は、私自身の営業経験にも重なります。

以前の私は、「良い商品であれば売れる」と考えていました。

商品の品質が良い。
サービスの内容も悪くない。
価格もそこまで高くない。

だから、しっかり説明すれば売れるはずだと思っていたのです。

しかし実際には、思うように売れないこともありました。
理由はシンプルでした。

私は「商品起点」で考えており、「顧客起点」で考えられていなかったのです。

どれだけ良い商品でも、相手の生活や課題とつながっていなければ、価値は伝わりません。

そこで意識を変えました。

商品を説明する前に、まず相手の状況を聞く。
何に困っているのか。
どんな場面で使いたいのか。
なぜ今それが必要なのか。
本当はどんな状態を求めているのか。

このように顧客を理解することから始めると、同じ商品でも提案の仕方が変わりました。

ただ「良い商品です」と伝えるのではなく、
「あなたのこの課題に対して、この商品が役立ちます」と伝えられるようになったのです。

これは、伊藤園のSTILL NOWの考え方にも通じます。

顧客が今、何に不満を感じているのか。
まだ言葉になっていないニーズは何か。
どのような価値なら日常に入り込めるのか。

営業もマーケティングも、本質は同じです。

自分が売りたいものを押し出すのではなく、顧客から学び、価値の届け方を変えること。
そこに成果の原因があるのだと感じます。

8. マーケティングは「商品販売」から「価値文化の創造」へ

伊藤園の事例から見えてくるのは、マーケティングの役割が大きく変化しているということです。

従来のマーケティングは、商品を作り、広告を出し、顧客に届けるという一方向型の考え方が中心でした。

しかし、伊藤園の取り組みはそれだけではありません。

緑茶を外で飲む文化をつくる。
無糖茶飲料という新しい価値を広げる。
日本文化を世界の日常に届ける。
顧客の健康志向や地域特性に合わせて商品を進化させる。
茶産地や人財への投資によって、長期的なブランド価値を支える。

つまり伊藤園は、「お茶を売る会社」から、「お茶を通じて新しい生活文化を創る会社」へ進化しているのです。

「お~いお茶」は、ギネス世界記録において無糖緑茶飲料ブランドとして世界最大規模のブランドにも認定されています。

この実績の背景には、単なる販売力だけではなく、長期的な市場創造、品質への投資、顧客理解、グローバル戦略があります。

これからの時代に問われるのは、
「何を売るか」だけではありません。

「どんな価値を創るのか」
「どんな文化を広げるのか」
「誰の日常に、どう入り込むのか」

伊藤園のマーケティングは、その問いに対する一つの答えを示していると言えるでしょう。

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