一風堂に学ぶ「体験価値×戦略思考」のマーケティング

#ケーススタディー

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一風堂に学ぶ「体験価値×戦略思考」のマーケティング

博多の路地裏から世界ブランドへ。40年近く愛され続ける理由

マーケティングを学び始めると、多くの人が「SNSで伸ばす方法」「広告の打ち方」「キャンペーンの作り方」など、“目立つ施策”に意識が向きがちです。もちろんそれらも大切です。しかし本当に強いブランドは、施策の派手さよりも 「顧客が何を感じ、どう語り、どう再来店するか」 という体験設計で勝っています。

その代表例のひとつが、一風堂です。1985年に福岡で誕生し、国内のラーメンシーンでは“最大規模”ではないにもかかわらず、海外で圧倒的な存在感を持ち、世界の都市で「IPPUDO」という記号を定着させてきました。

1985年、福岡・博多の路地裏で産声を上げた一風堂。創業から40年近くが経った現在も、国内外で多くのファンを惹きつけ続けています。ラーメン業界は価格競争が激しく、流行り廃りも早い世界です。それにもかかわらず、一風堂は「老舗」になっても色あせることなく、むしろ進化し続けるブランドとして存在感を保っています。

まず「一風堂とはどんな企業か?」──“豚骨ラーメン店”を再定義した存在

一風堂は、豚骨の濃厚さを保ちながらも臭みを抑え、こだわりのスープと自家製麺で支持を広げてきた博多豚骨ラーメンの代表格として語られます。さらに重要なのは、「従来のラーメン店の常識」をデザインとサービスで更新した点です。木調の内装、店内BGM(ジャズなど)、清潔感を備えた空間づくりによって、「女性が一人で入りにくい」という旧来イメージを崩し、新しい客層を取り込みました。

ここでマーケティング的に本質なのは、「味が良いから売れた」だけでは説明できないことです。一風堂は “食体験の総量” を上げて、カテゴリー自体の見え方を変えた。言い換えれば、競争が激しいラーメン業界で、土俵を少しずらして戦ったのです。



 ・ラーメン業界の市場・競合環境
 ・一風堂のポジショニング
 ・4P(商品・価格・流通・プロモーション)を軸にしたマーケティング戦略
 ・国内外での成功事例

を整理しながら、「マーケティングを学びたい人」に向けて、一風堂の戦略と思想を構造的に解説していきます。広告テクニックではなく、「なぜこのブランドは強いのか」を理解するための、実践的な教材として読み進めてください。


1. ラーメン業界の市場分析:競争激化と、縮小する国内市場

まず前提として、一風堂が戦っているラーメン業界の環境を整理しておきましょう。日本のラーメン市場は、少子高齢化や内食(自炊・中食)の増加、外食頻度の減少といった要因から、長期的には縮小〜横ばいの圧力があると見られています。コロナ禍を経て「ラーメンを出していれば自然に売れる時代ではない」という現実は、より鮮明になりました。



この環境下で、多くのラーメン店が取りにいく“勝ちパターン”は、大きく分けると次の4つです。

 ・低価格で取りに行く(回転率・規模)
 ・差別化で尖る(熱狂・行列)
 ・多店舗化で接点を増やす(利便性・認知)
 ・海外へ伸びしろを取りに行く(成長市場・為替・文化需要)

重要なのは、これらは有効である一方、模倣されやすく消耗戦になりやすい という点です。一風堂は、この中で「差別化」と「海外」を太くしつつ、同時に “店舗体験の標準化” で多店舗の罠(店によって体験がブレる)を抑えにいったブランド、と見ると理解しやすいです。

2. 競合分析:熾烈なラーメン業界でのポジショニング

ラーメン業界には、明確な「ジャンル競合」が存在します。
 ・家系ラーメン
 ・二郎計ラーメン
 ・つけ麺専門店
 ・有名店出身者による新進気鋭の店舗

それぞれに強い個性と熱量の高いファンがいますが、一方で、客層が限定されやすい/健康志向・女性層との相性が弱い/ブーム依存になりやすい、といった弱点も抱えています。

一風堂の独自ポジション

一風堂が築いたポジションは、これらと明確に異なります。
 ・「本場・博多豚骨」の正統性
 ・洗練された空間とサービス
 ・男女・年齢・国籍を問わない設計


つまり一風堂は、「尖ったラーメン」ではなく、「誰にとっても心地よいラーメン体験」を提供する立場を選びました。これは味の話ではなく、マーケティング上の意思決定です。ターゲットを極端に絞らず、「入りやすさ」「安心感」「上質さ」を積み上げることで、長期的な支持を狙っています。

一風堂のポジショニングの肝は、次の3点に集約できます。
 ・「博多豚骨」の正統性(ブランドの起点が明確)
 ・空間・サービスを洗練させ、来店ハードルを下げた(誰でも入りやすい)
 ・海外展開を前提に“日本代表級ブランド”の見え方を作った

つまり「濃厚豚骨」だけに寄せず、“豚骨×洗練×グローバル という軸で独自の居場所を取った、と言えます。

3. 一風堂のマーケティング戦略:顧客体験価値を最大化する4つの視点

ここからは、一風堂の戦略をマーケティングの基本フレームである「4P」に沿って整理します。

3.1 商品戦略:「変わらないために、変わり続ける」

一風堂の商品開発の根底にあるのは、伝統 × 革新 という考え方です。
厳選された豚骨・水・調味料、長時間炊き出すクリーミーなスープ、自社製麺によるスープ前提の麺設計。こうした“核”は守りながらも、季節限定・地域限定・海外向けローカライズ商品など、時代や顧客の変化に合わせて進化を続けています。

マーケティング的に重要なのは、「商品=固定された完成品」ではないという発想です。顧客の期待値に合わせて価値をアップデートし続けること自体が、ブランドの信頼につながっています。

3.2 価格戦略:「高い」のではなく「納得できる」

一風堂の価格は決して最安値ではありません。しかし、多くの顧客は「高い」とは感じにくい。その理由は、価格の中に店舗空間・接客体験・カスタマイズ性(トッピング)・セットによる満足感といった価値が含まれているからです。

特に重要なのは、「価格以上の体験」を一貫して提供している点です。ランチ限定価格などで間口を広げつつ、ブランド価値を損なわない設計になっています。

3.3 流通戦略:「どこで、どう体験させるか」

一風堂は、流通=店舗展開を「体験設計」として捉えています。路面店、商業施設、フードコート、海外店舗、デリバリー。それぞれで体験の濃度は調整しつつも、ブランドの軸は共通です。特に海外展開では、「日本の味をそのまま持ち込む」のではなく、“IPPUDOらしさ”をどう再現するかが重視されています。

3.4 プロモーション戦略:「語りすぎない」ブランド発信

一風堂は、過剰な広告コピーで売り込むことはしません。メディア露出でのストーリー訴求、SNSでの世界観共有、フェスやイベントでの体験接点。プロモーションの役割は「売る」ことではなくブランドの文脈を伝えること にあります。

4. 成功事例に見る、一風堂の戦略思考

「軸を変えず、見せ方だけを変える」

一風堂の成功事例を貫いているのは、
顧客体験の“軸”を一切ぶらさずに、利用シーンや伝え方だけを広げてきた点です。

4.1 IPPUDO RAMEN EXPRESS

一風堂はセルフサービス型の「IPPUDO RAMEN EXPRESS」を展開しています。
これは「一風堂=ゆっくり食べる店」というイメージを壊しつつも、
味・安心感・ブランドの信頼性といった核はそのままに、新しい利用文脈を獲得した事例です。

4.2 カップ麺・インスタント麺展開

店舗に来られない層にも、一風堂の名前と味の記憶を残す。
この施策は短期売上よりも、ブランドとの接触回数を増やすことに主眼が置かれています

4.3 海外展開:一貫性のあるローカル対応

一風堂の海外展開は、決して一直線ではありません。
中国での撤退を経て、2008年にNYへ進出。
ここで打ち出したのが、ウェイティングバーを併設した
「ラーメンダイニング」という体験設計でした。

味を変えるのではなく、
ラーメンを食べる前後の時間まで含めて設計し直したことが成功につながっています。

4.4【失敗例】軸まで変えてしまった結果、伝わらなくなった

私自身、この考え方を事業に取り入れようとして失敗した経験があります。
相手に合わせることを意識しすぎて、
説明の仕方だけでなく、事業の軸まで毎回変えてしまったのです。

その結果、
「結局、何が強みなのか分からない」
と言われ、商談も紹介も止まりました。

一風堂と決定的に違ったのはここでした。
一風堂は、何を提供するブランドかは一切動かさず、見せ方だけを調整している。
私は、その線引きを誤っていたのです。

一風堂の戦略が教えてくれるのは、
相手に合わせることと、軸を変えることは別物だという点です。
 ・変えてはいけないもの:価値の定義・体験の芯
 ・変えていいもの:見せ方・順番・利用シーン

この整理があるからこそ、 一風堂は国内でも海外でも「同じブランド」として認識され続けています。派手な施策ではなく、一貫した体験設計の積み重ね。
それが、一風堂を“ラーメン店”から“世界ブランド”へ押し上げた理由です。

5. まとめ:一風堂は「マーケティングの教科書」

一風堂の強さは、決して派手な施策や一時的な話題づくりにあるのではありません。

まず、市場を感情ではなく構造として冷静に見つめること。
次に、流行や声の大きさに流されるのではなく、競合との違いを自らの言葉で定義し続けること。
そして何より、商品・空間・サービス・発信までを含めた顧客体験を一貫した思想で設計し続けること。

この「当たり前を、当たり前にやり切る」積み重ねこそが、
一風堂が40年近くにわたって選ばれ、国内外でブランドとして信頼され続けている理由だと言えるでしょう。

マーケティングを学び始めた人にとって、一風堂はこう問いかけてきます。
「あなたは、何を売っているのか?」
「顧客は、どんな体験を持ち帰っているのか?」

この問いに答え続ける限り、ビジネスは一過性では終わりません。一風堂の進化は、マーケティングの本質を学ぶ上で、これからも最高の教材であり続けるでしょう。

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